コールマンのある小説   


第一話:愛しの242C〜ボックスキャニオンにて

翔太は少し控えめな距離を保ち、
その様子を遠慮がちに眺めていた。

『一体、何をしているんだろう・・・』

小学校時代に越してきた友人とその父親に連れられ、
背後に富士を大きく望めることのできる湖畔にいた。

翔太が中学1年の夏のことである。

友人の父がシュポー、シュポーと、
何やら今まで見たことのない『物体』に息を湛える様子に、
翔太はくぎ付けとなった。

やがてその物体はオレンジと青色によろめく炎を上げ、
徐々にゴーゴーと言う精悍な音とともに、けたたましく燃えはじめた。


あれから十数年後、
あの時の502スポーツスターの炎を思い出しながら、
翔太はボックスキャニオンのキャンプサイトで一人、
長年愛用している242Cをポンピングしていた。

キャンプサイトの下を流れる川では今晩、
期待するほどのイブニングライズがなく、
満足するほど鱒(ます)の顔を眺めることが出来なかった。

強い水の流れの圧力が今もまだ、
足のふくらはぎのあたりにその感触が残っていた。

予報では近くにストーム(嵐)が迫ってきているようだった。
それを予知してか、川の中をもがくように泳ぐ1匹の獣(けもの)を見た。

ほわっと、静まりかえった薄暗いキャンプサイト、
242Cの灯りが翔太の顔を浮かび上がらせた。


きっと良い顔をしていたに違いない。




(終)


『参照』
ボックスキャニオン:アメリカはアイダホ州、フライフィッシングで有名なポイント
イブニングライズ:主に鱒系の魚が夜間にカゲロウなどを捕食する行動

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第二話:粋なプレヒート〜R-55ジェネレーター

のんびりとタバコをくわえている佳祐を横目に、
瞳は一人せっせと荷物を車に詰め込んでいた。

昨年、学生時代からの共通の男友達が転勤する際、
瞳が譲り受けたイギリスの四輪駆動車だ。

落ち着いたモスグリーンカラーのその車は、
自然派志向の佳祐も気に入っているが、小柄な瞳が運転するには、
やや大きすぎるのが気になっていた。

『佳祐、何いつまでもタバコ吸ってんのよっ!』

不意を付かれたその言葉に佳祐は、
『ごめん、ごめん!』と、言葉をかけながらテラスの階段を駈け下りた。


高速に乗り込むと瞳は何のためらいも無く一気に速度を上げ、
そのまま目的地を目指し、北上した。

『佳祐、予備のR-55昨夜ボックスに入れてくれた?』

『R-55?』、そんな呼び方に佳祐は一瞬目元が緩んだ。

佳祐の影響を受け、
瞳も2年ほど前からオールドコールマンに熱を上げていた。
ここ最近は1930年あたりのクイックライト系に凝っている。

『ああ、念のために2本入れといたよ。』

ふたりがボックスと呼び合っている手作りの木箱には、
メンテナンスに必要な道具やスペアパーツ、そしてブックマッチが収めてある。
もっぱらそのボックスは佳祐が管理し、常に何かあったときの為に準備をしている。
瞳は用がある時にたまに開ける程度だった。


夏のシーズンを1ヶ月ほど過ぎた今の時期、
そのキャンプ場の管理事務所にはふたりの車以外停まっていなかった。

『今晩は私達ふたりだけかもね。』、瞳がつぶやいた。

管理事務所から舗装された山道沿いに、
いくつものキャンプサイトが設置されていた。
ハイシーズンであればさぞ賑わっているだろうことが想像できた。

予想に反して、1組の親子連れがテントを張っていた。
ふたりは道を挟んだ向かいにキャンプサイトを構えた。

陽が落ちはじめた頃、瞳が車からQL327を取り出してきた。
ニッケルプレートのフォウントがまぶしいくらいに磨きこまれている。

『また懲りずに持って来たのかい?おまえのQL327』

プレヒートの要領がつかめず、その度に佳祐が手助けをしていた。
2ヶ月前のキャンプでは危うく大やけどをするところだった。

炭化したマントルがふたつ、まだしっかりと付いている。
手馴れた要領でフィラーキャップの一部を外すと、
シュコッ、シュコッと音を立てながらポンピングをしはじめた。

ブックマッチを擦ると、R-55のクリーニングレバーを少しだけ緩め、
ホワイトガスをわずかに噴出させ火を点けた。

一瞬インテークチューブが火柱を上げ燃え上がった。
しかし、瞳は全くためらうことなく、その様子を見つめていた。

1分ほど経過した頃だろうか、火柱が完全に消えると
もう一度ブックマッチを擦って手早くR-55に火を点けた。

見事なくらい綺麗な灯りがほわっと灯った。

もうこれからは心配することもなさそうだ。
佳祐はそう感じた。

ふと気付くと、
佳祐が古くから愛用しているもう一台のLQ327のジェネレーターを、
コイル状のQ-99からR-55に交換している。

もうすっかりと内部にすすが付着していたため、
佳祐は今回のキャンプではR-55に交換しようと思っていた。

『あいつ、一体そんなことどこで覚えたんだ、たいしたもんだ。』

『ひっ、(瞳)』と一瞬声が出かけたが、
佳祐は声を殺した。

ランタンの音にかき消され、
瞳は佳祐のそんな言動には気付いていない様子だった。

その後、
ふたりの2台のLQ327に灯が灯った頃には、
すっかりあたりは暗くなっていた。




(終)


『参照』
R-55:クイックライト系のランプ・ランタンに主に利用されているクリーニング機能の付いたジェネレーター
Q-99:R-55の前身として製造されていたジェネレーター。独特のコイル状をした形が特徴。

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第三話:ジェネラルストアー

旅先でふと立ち寄った店、
何気なく中を覗くとどうやら生活雑貨、
ちょっとした食料を売っていジェネラルストアーのようだった。

そして山や川が近い場所柄、
キャンプ用品や釣り道具が目に付いた。

広い空間の割には、
店内は閑散としていた。

心地よい光が差している。
天井の一部にガラス窓が見えた。

あたりを見回すと、
自分が普段見慣れている人々とは明らかに、
その着ている服や容姿からして様子が違う。

そしておかしなことに、
そこにいる自分の存在を周りの誰もが 気付いていない。

というよりも、
私自体がそこには居ないかのように・・・


ふと我に返ると、
首元まできっちりボタンをしめたニットシャツを着、
前髪をざっくりと眉毛あたりの位置で切りそろえたた髪型、
そんな7−8歳くらいの男の子が数人、
店内を駆けまわっていた。

そんな男の子達の向こう側に、
カウンター兼、ショーウィンドウとなっているガラスケースがあった。

そのカウンターの中には、
小さな花柄が沢山付いているワンピースを着た中年女性が立っていた。
もう昔から店員として働いているのだろう。

顔見知りの客なのか、
微笑を浮かべながら若いカップル客となにやら話しをしていた。


そのカウンターの上には、
フックに掛けられた数台のコールマンランタンがあった。

購入する前に実際にお客さんが手に触れ、
どんな商品かを見てもらう為のディスプレイ用だと直ぐに分かった。

遠目で確認すると、
「ボーダーレスロゴの付いた200A」、隣に「バーガンディー200A」、
そしてブルーのタンクのランタンが目に入った。

シアーズのシングルマントルだ。

当然ながら、
とにかくどれも真新しいコンディションだった。


カウンター越しにいる店員の頭上には、
質素な造りの一枚板の棚が付けられていた。

ディスプレイされているランタンのストック品が、
箱に入れられた状態で並べられていた。



どれを買おうか迷う。



「全部買おうか?」と、
自分に問い掛ける。




間違いなく良い顔をしているに違いない。




そんな夢を見つつ目覚める朝は・・・
1960年代のアメリカ、きっと良い時代だったのだろう。

(終)

 

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第四話:フリーマーケット

土曜日の早朝、
聞きなれた目覚まし時計の音が鳴り響いた。

眠たい目をうっすらと開けながら、
浩次は頭の中を切り替えた。

“あれっ、今日は何曜日だったっけ・・・”

“会議の日・・・?”

 

その直後、一瞬にして目が覚めた。

今日は大きなフリーマーケットが
地元で開催される日だ。

コーヒーを手早くマグカップに注ぎ、
静かにフロントドアを開けるとすばやく車に乗り込んだ。

 

15分も車を走らせると、その会場に到着した。

“パァパァーッ!!!”

フリーマーケットの入場にあせった浩次、
ピックアップトラックの荷台に沢山の荷物を積んだセラーがクラクションを鳴らした。

“すっ、すみません・・・”

そんなジェスチャーを見せながら、 トラックに向かって頭を下げた。

アーリーバードの時間帯の為、
3ドルの入場チケットを払い足早に入場した。

 

果物が山盛りになっているブース横を抜ける。

60年代のフォードから荷物を下ろしているセラーが目に入った。

古ぼけたダンボールに目を向けると、
煤で汚れた赤いベンチレーターが目に入った。

“200Aか・・・?”

その色合いは遠くからでも直ぐにそれと見て分かった。

足早に近づき、浩次はそのベンチレーターに手を伸ばした。

 

厚い埃の感触を手に感じながら持ち上げると、
無垢な緑のフォウントが目の前に広がった。

“おおっ!、クリスマスだっ・・・”

フォウント底に刻まれた1951の刻印、
浩次は大きくあくびを繰り返した。

(終)


『参照』
アーリーバード:主にフリーマーケットなどで早朝の時間帯に入場する人達を指す言葉。
早朝、まだ人の少ない時間帯に入場するため、お宝を手にするチャンスが高いため一般入場料より
やや高いのが一般的。場所によっては10ドルほどするところもあり。


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 ・こちらの小説は一部、ブログにも掲載させていただいています。

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